有限会社オバラ建商【北海道帯広市・自然と健康と環境にこだわった建築資材販売会社】
国産エコロジー塗料開発の課題と取り組み
アトリエベル代表・(有)寿々木塗装店社長
鈴木 光明
【1】 はじめに
 地球環境保全は、すべての産業界で取り組まなければならない重要課題である。私がエコロジー塗料の開発に着手して7年が経つが、この間に塗料・塗装業界においてもホルムアルデヒド、キシレン、トルエン、パラジクロロベンゼンといったVOCをはじめとする有害物質を放出せず、強い臭気やアレルギー回避にも配慮した塗料の要望は高まる一方である。
 しかし、現状ではエコロジーを考えた塗料がどういうものか、きちんと認識されているとは言い難い。成分の表示方法もメーカーや販売会社によって異なる。一般ユーザーにとって、何が安全で危険かといった判断は難しいのではないだろうか。
 又、塗装本来の目的である物性の保護という機能を完全に満たすエコロジー塗料はこれからの開発を待たなければならない。
 ここでは、(1)エコロジー塗料が抱える問題点、(2)国産エコロジー塗料の開発への取り組み、(3)普及にあたって、(4)今後の展望についてのべていくものとする。
【2】 エコロジー塗料の問題点
 エコロジー塗料とは、「原料から廃棄までのあらゆる段階で、人体を含む地球上の生態系すべてに負荷を与えない塗料」である。言い換えれば、「自然界に存在し、廃棄後も自然界に還元される天然産の原料を、少ないエネルギー消費量で加工した塗料」である。しかし、日本ではまだ、「エコロジー塗料=天然・自然系の原料を使用した塗料」と一面的な捉え方しかされてないようだ。確かに、天然・自然系の原料を使用することはエコロジー塗料の第一条件であり、現在国内外で普及しているエコロジー塗料の主原料は植物油である。だが、必ずしも無農薬・有機栽培によって作られているとは限らない。畑で農薬や化学肥料を投入して作ったものまで、天然・自然と言えるだろうか。
 又、天然・自然の原料なら人や生物に影響を与えないかというと、必ずしもそうではない。たとえば、エコロジー塗料の溶剤には、オレンジの精油成分であるオレンジシトラール、松脂を蒸留して作るガムテレピン、ユーカリの葉を蒸留したユーカリ油などの植物原料が使用されている。これらに含まれる強い芳香成分は、アレルギー反応を引き起こすこともある。むしろ、石油系の原料であるイソパラフィンやノルマルパラフィンなどの溶剤の方が人体に無害ということもある。
 こうした原料の問題をクリアできたとしても、現在のエコロジー塗料には限界がある。それは、塗装・塗料の本来の目的を果たす塗膜性能が劣るという点である。
 塗装は被塗物を保護したり、被塗物の表面に色彩や光沢、平滑性などを与えるために行う。厳しい気象条件下でも腐蝕や錆、紫外線、塩害などから物質を守るために、塗料は改良を加えられてきた。そうして完成度を高めた結果できたのが化学塗料である。現時点では、完璧に近い塗膜性能を持つ化学塗料に匹敵するようなエコロジー塗料は存在しない。
 特に、日本は高温多湿な気候風土である。ここに、寒冷で低湿度の地域で作られた、木の吸湿作用を妨げない外国製エコロジー塗料を使用すると、木材が膨潤収縮したり、カビや腐朽を防ぐことができない。
 日本には、漆や柿渋などの伝統的な塗料が存在しており、これを本来のエコロジー塗料と見る向きもある。確かに、自然系の原料を使っている点や、気候風土に合っている点など、長所は多い。しかし、塗膜性能の耐久性や施工性、コストパフォーマンスといった欠点もある。一概に昔の塗料に逆戻りすればいいというものではない。
【3】国産エコロジー塗料への取り組み
 私の生家は代々塗装業を営んでおり、私も若い頃から塗装に携わってきた。長年、化学塗料を吸ってきたせいだろうか、20年程前に原因不明の内臓疾患を患った。医師の薬も効かない病状であったが、有機栽培の自然食品を摂取することで回復に向かったのである。自然界の治癒力を自分の身体で経験したことが、エコロジー塗料の開発をはじめるひとつの契機となった。
 7年前、私が開発しようとしたのは、日本の気候風土でも塗膜性能を保持し、シックハウス症候群などの健康障害に悩む人も安心して使える、「日本のエコロジー塗料」である。
 日本にエコロジー塗料がドイツなどから輸入されるようになったのは、80年代中頃からである。その頃からよく耳にするトラブルは、「乾燥しにくい」という事である。ヨーロッパの気候風土に合わせて製造された塗料を、日本でも同じように使おうとしたせいである。紫外線の入射角度が異なる日本では、紫外線劣化の進行も早い。塗膜が劣化しても、一般の人でもメンテナンスできる施工性にも留意しなければならない。
 又、先述したように、自然系の植物原料だからといって人体に無害だとは限らない。地球環境に負荷を与えないことに主眼を置くことで、健康対応がおろそかになることもあるのである。
 先行する輸入塗料の原料を見直すことからはじめ、半年あまり思考錯誤を重ねてできたのが「S−オイルフィニッシュ」である。その後、油ワニス系やワックス系、水性塗料など22アイテムを開発してきたが、エコロジーと塗膜性能を完全に両立させる難しさを痛感している。
 そもそも、地球上で塗料・塗装を必要とするのは人類だけである。物体が朽ちていく速度を自然に反しておくらせ、私有財産を保護しようとする考えは、エコロジーとは相容れない。
 地球環境や人体の健康を優先するならば、「木材には塗料を塗る必要はない」と私は考えている。現に、法隆寺のように無塗装野まま1000年以上n寿命を保っている建築物もある。木の文化を育んできた日本人は塗装・塗料との付き合い方もよく知っていたのではないだろうか。それが戦後になって、欧米の「塗る文化」が紹介されたことによって、塗装しなければ物体の保護や美観が保てないという考えが広まったのである。もう一度、塗らないことを前提に見直せば、本当に必要な塗装かどうか分かるはずだ。
 床や建具、家具など、吸湿によって傷んだり膨潤収縮で狂いが生じやすい箇所以外は塗らない。塗装が必要な箇所には、地球環境や人体に与える影響が少ない塗料を選ぶ。エコロジー塗料を普及させるには、同時にこうした意識の改革も欠かせない。
【4】エコロジー塗料の普及にあたって
 エコロジー塗料の発祥の地であり、環境先進国であるドイツでも、塗料全体に占めるマーケットシェアは約3パーセントというのが実情である。日本では、輸入品・国産品を合わせてもシェアは0.2パーセント弱。このうち80パーセント弱はドイツからの輸入品であり、後発の国産品のほとんどはドイツ製品の模倣の域を出ていない。更に、公的機関による規制もなされていない。日本では、エコロジー塗料のブームが先行しているのである。
 このため、成分や施工技術に関する正確な情報が建築設計者やユーザーに伝わっておらず、トラブルに発展する例も散見する。一般の塗料も同様だが、使用する箇所や素地への適正を考慮し、正しい使い方をしないと塗料の持つ性能は十分に発揮されない。
 先にも触れたが、現在のエコロジー塗料には塗膜性能の限界がある。たとえばシックハウス対応と、ポリウレタン塗装のような堅固な塗膜を同時に求める事は不可能である。仕上がり感、経済性、作業性、エコロジー、シックハウス対応など、複数の選択因子から何を最優先させるかによって、塗料の選択は異なってくる。
 大切なのは、ユーザーが自然塗料に対する知識を深め、塗料・塗装に何を求めるのかを明確に認識することである。地球環境保全や健康保持のためには経済的、物理的リスクを負担しなければならないこともある。今後は、マイナスの側面も含めた情報開示がいっそうメーカーや販売者に求められていくだろう。
【5】おわりに
 近代以降、人間は便利さや快適さを追求して技術改革を重ねてきた。塗料に於いても、極地や砂漠・海上などの厳しい気候条件下で強固な塗膜を維持する化学塗料の改良が進み、性能は完璧に近づいている。しかし、原料として使用される化学物質は地球環境や人体に悪影響を与え、塗料製造時の化石燃料の消費や、その結果生じる大気汚染や地球温暖化など、マイナス面も顕著になっている。
 エコロジーは、人類の未来を考える上で避けては通れないテーマである。しかし、大きく進化した塗料の物性を再び過去に戻す事が最善の方法とは思えない。これからは、化学塗料の高度な技術を応用し、エコロジーと物性を兼ね備えた塗料の開発が課題である。コストやエネルギー消費量も、今後エコロジー塗料を評価する基準となるだろう。
 私がエコロジー塗料を開発する根底には、「人類という種が地球上の資源を独占してもいいだろうか」という問いかけがある。地球環境に対する謙虚な気持ちと、人類に与えられた叡智を発揮する事で、エコロジー塗料は新しい出発点に立つと確信している。
(木材工業 Vol.56、No.11.2001より)
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